朝潮8







55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 19:10:55.72 ID:fve4OYoA0
(中編)













提督「この指輪を渡す相手は………………―――――――君たちの中の、誰でもない」















         ~ 数分後 ~



大和「良かったのですか。あんな風に言ってしまって」

提督「嘘を言っても仕方がないだろう」

大和「皆さん、非常にガッカリしていましたよ」

提督「あぁ……だから内緒にしておいたんだ」

大和「結局その指輪は、どうなさるおつもりですか? 戦艦や空母の方が最高翌練度になるのを、待つおつもりですか?」

提督「いいや、この指輪は誰にも渡さないつもりだ」

大和「そうですか…………って、はい? 今……なんと仰いました?」

提督「ケッコンカッコカリ……私はこのシステムを、使わないつもりだと言ったんだ」

大和「まさか……いや、そんな…………」

提督「何をそんなに驚いているんだ?」

大和「いえ、失礼しました。…………提督、あなたのそのお考えに、お変わりはないのですね?」

提督「無論だ」

大和「……そうですか。これはまさかの展開です」

提督「まさかで悪かったな。さ、夜も更けてきたことだし……大和も部屋で休んでいいぞ」

大和「いいえ、提督」

提督「どうした? まだ何か用か?」

大和「お忘れですか? 私は軍令部総長の秘書艦であり、ここへは監査のために参ったということを」

提督「何を監査しているのかまるで分らないけどな」

大和「それは、いずれ分かることになるでしょう」

提督「ん? どういうことだ?」

大和「これは、軍令部総長からの命令です。 提督…………あなたを――――――――」


57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 19:46:20.89 ID:fve4OYoA0


          ~ 就寝前 朝潮型の部屋 ~



朝潮「うぅ……ひっく……ぐすっ……」






     ―――――― この指輪を渡す相手は………………君たちの中の、誰でもない ――――――






霞「朝潮……そろそろ、泣き止んでよ……」

朝潮「うん……ごめんなさい……」

霞「謝るのはこっちよ……悪かったわ……勢い任せに……ケッコンカッコカリの話、しちゃって……。

  あれじゃあ朝潮のことをチクったのと同じよね……。バカだわ……私……」

朝潮「ううん……ううん……」

荒潮「本当に悲しかったのは、その後の司令官の言葉……よね?」

朝潮「…………」コクン

大潮「はぁ……あれってつまり、結局は戦艦や空母の人たちに渡すつもりって意味だよねー」

満潮「まぁ、妥当な使い道なんだろうけれど、何だかちょっと、見損なったわ」

霰「うちの司令官だけは……他の人たちとは違うって……信じてたのに」

霞「“絆を深める”なんて、結局はキレイゴトよね。どういう名目であれ、能力が向上するんだもの。

  それこそが真の目的なんだわ。絆だけで深海棲艦を倒せたら、苦労しないわよ」

朝潮「司令官は……私たちのことを……何とも思っていないのかな……」

一同「…………」

朝潮「司令官がいつも私たちに言ってくれている『好き』は……他の皆に対する『好き』と……同じだったのかな……」

大潮「そんな風には……思いたくないよ……」

荒潮「思いたくないけれど…………何だかもう、分からなくなってきちゃったわね……」


58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 19:54:43.48 ID:fve4OYoA0


満潮「はぁ……もう寝ない? いつまでもうだうだしてたって、仕方ないじゃない」

朝潮「ねぇ、満潮……」

満潮「なによ」

朝潮「今日は、そっちで一緒に寝てもいい?」

満潮「はぁ!?」

朝潮「……いい?」

満潮「……わ、分かったわよ。今日だけなんだから……」

朝潮「うん……ありがとう。温かいわ」ガサガサ

大潮「じゃあ大潮もー!」ドスーン!

満潮「は?」

霰「わたしも」ササッ

満潮「ちょっ! 何言って……」

荒潮「うふふ、それじゃあ私も、お邪魔しようかしらぁ?」ピョーン

満潮「ちょ、ちょっとぉ!!」

霞「同じベッドに六人は……さすがに狭いわね」スススッ

満潮「霞までーっ!」

大潮「うう……狭いんだけど……」

霰「苦しい……」

満潮「当たり前でしょ! いいから出なさいよ!」

荒潮「あらあら、朝潮だけなんてズルイじゃない」

霞「ふぁ~……枕は私が使うから」

満潮「あ、こら! もう! 朝潮、元はといえばあんたが―――」

朝潮「満潮」

満潮「なによ!」

朝潮「ありがとう」

満潮「うぅ……」


59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 20:02:11.38 ID:fve4OYoA0



      ~ 翌朝 ~




朝潮「…………」スヤスヤ

満潮「うっ……重い……。人の気も知らないで、気持ちよさそうに寝てるじゃない……」


   ドタドタドタ


荒潮「ふぁ~……あら? おはよう満潮ちゃん、これ、何の音かしら?」

満潮「知らないわよ……。廊下にイノシシでもいるんじゃないの?」

霰「…………力士かもしれない」ゴシゴシ

霞「……だったら面白いわね」


   ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ


??「大変だぁあああーーーー!! 大変大変大変大変大変!」

満潮「大潮ね」

荒潮「大潮ちゃんよねぇ」

霰「大潮」

霞「大潮だわ」


      バァン!!


大潮「みんなー!! 大変だよ!! 大変なんだよー!!」

満潮「朝から騒々しいわね」

大潮「だから大変なんだってば!!」

満潮「分かったから、早く言いなさいよ」

大潮「しり!」

霰「おしり?」

大潮「違う! 噛んだ! 司令官が……!!」

荒潮「司令官が?」






大潮「司令官が……いなくなっちゃったぁあああーーーーーっ!!!」







朝潮「…………」スヤスヤ


60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 20:11:04.95 ID:fve4OYoA0


         ~ 軍令部 執務室 ~



総長「よく来てくれた。歓迎するぞ、若造よ。ようこそ、軍令部へ」

提督「総長殿の秘書艦に、無理矢理連れて来られたのですが。それも夜中に」

大和「…………」

総長「んっふっふ、その秘書艦にお前を連れてくるように命じたのは、この私だからな。

   その様子だと、なぜ連れて来られたのかも分かっていないのだろう」

提督「えぇ。心当たりが多すぎましてね」

大和「提督、言葉遣いにはお気を付けください」

総長「いや、いい。大和、お前は黙っておれ」

大和「……失礼しました」

提督「…………」

総長「では、まだまだ尻の青い若造に、ここまでの経緯を教えてやろう」

提督「『ここまで』というのは、どこからの圧力のことでしょうか?」

総長「くっくっく、圧力? とんでもない。あれはお前たちに課せられた試練なのだよ」

提督「試練?」

総長「従来から我々は、戦艦の火力こそが艦隊の要であるという方針で艦隊運用を続けてきた。

   ところが近年では海域の変化や、深海棲艦の多様化などにより、

   従来通りの運用では上手くいかないケースが増えつつある」

提督「大型艦では突破できない、潮の流れの激しい北方海域……。

   そして、突如として出現した新種の深海棲艦……軽巡棲鬼……」

総長「その通り。そうしたことで我々が苦戦している中、ある鎮守府だけはきちんと戦果をあげているではないか。

   しかも詳しく調べると、その鎮守府の主力は戦艦でも航空母艦でもなく……駆逐艦ときたものだ」

提督「えぇ、駆逐艦は……戦艦や空母よりも強い」


61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 20:19:18.99 ID:fve4OYoA0


総長「しかし、それは我々の方針とはあまりにも違いすぎる。たとえ結果が出ていても、すぐに受け入れられるものではなかった」

提督「だから……試した、と?」

総長「そうだ。お前の自慢の駆逐艦に厳しい任務を与えることで、駆逐艦の力というものを試すことにした」

提督「それで、総長殿の目には、どう映ったのですか?」

総長「ふっふっふ……先日の軽巡棲鬼との死闘、報告を受けたとき、思わず身震いしたものだ。

   …………素晴らしいではないか、最強の駆逐隊…………朝潮型駆逐隊と言ったな」

提督「…………それは、どうも。ありがとうございます」

総長「軍令部としては、今後の艦隊運用には駆逐艦の編成にも力を入れていくつもりだ」

提督「そうですか。……それで、私をここへ連れてきたのは、そのことを伝えるためですか?」

総長「まさか、本題はここからだ」

提督「…………」

総長「ケッコンカッコカリについて、お前の意見を聞きたい」

提督「雀の涙ほどしか効果のない、高価な粗品だと思っています」

大和「て、提督……あなた……」

総長「くくく……正直なのは良いことだ。つまらんお世辞を言われるより、よっぽど良い。

   実はこのシステムを考案したのは私だが、お前の言う通り、気持ち程度の効果しかない。

   だが、艦娘の性能が向上するのは確かなことだ。たとえ僅かでも勝率を上げられるなら、

   装備しておいても損はないだろう」

提督「勝率……」

総長「よって試験的に、各鎮守府に一つずつ指輪を支給した。そして、鎮守府内の最強の艦娘に、その装着を促したのだ」

提督「最強の艦娘ですか……なるほど」チラッ

大和「…………」

総長「ところがどういうことか、ここでも我々の方針に従わない鎮守府が、ただひとつだけ存在したのだ」

提督「まったくけしからんですね」

総長「待てど暮せど、ケッコンカッコカリの申請書類は送られてこない。

   だから私は、大和を監査官として送り込んだ。場合によっては、その問題児をここへ連れてくるようにと」

提督「なるほど……。だから私が『誰にも渡さない』と言ったとき、あんなにも目の色を変えて驚いていたのか」

大和「当たり前です。あなたが指輪を渡すべき相手は、あの子たち……朝潮型駆逐隊の、誰かだったはずです」

総長「では若造よ、今一度尋ねる。……お前はあの指輪を、誰に渡す」

提督「あの指輪は……誰にも渡しません」

大和「そんな…………どうして…………」


62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 20:28:04.99 ID:fve4OYoA0


          ~ 数日後 ~




提督「なぁ大和、ちょっとだけ、外を散歩してきてもいいか?」

大和「いけません」

提督「じゃあせめて、扉越しの会話をやめて、こっちに顔を出してくれ。退屈なんだ」

大和「はぁ……提督……あなたはご自分の置かれた状況を、本当に理解しているのですか?」

提督「分かっているとも」

大和「分かっていません! あなたは軟禁されているのですよ!?」

提督「これでも焦っているんだ。なにせ、何の連絡もなく、もう何日も鎮守府をほったらかしだからな」

大和「でしたら今すぐに、お手元の書類に艦娘の名前を書いて、総長へ提出してください」

提督「おいおい、ケッコンカッコカリってのは、名前を書いて提出さえすれば済むものなのか?」

大和「あなたがすぐに指輪を渡さないからです!!」

提督「……分かった。分かったから大声を出すな」

大和「……失礼しました」

提督「はぁ……しかしこの指輪、どうしたものか……」

大和「お尋ねしてもよろしいですか?」

提督「なんだ?」

大和「あなたが指輪を誰にも渡さないと言ったのは……あの子たちの中から一人を、選べなかったからですか?

   だとしたら総長にお願いして、指輪をあと五人分……」

提督「当たらずとも遠からず……ってところだな」

大和「……はい?」

提督「私は、たとえ指輪が六つ支給されていたとしても、誰にも渡さなかっただろう」

大和「そんな……どういことですか? あなたの考えが、まるで分かりません」

提督「分からないのは……私の考えだけか?」

大和「くっ…………何が、言いたいのですか」

提督「教えてくれ大和――――――」

大和「…………」

提督「―――――――君はその指輪を貰って…………本当に幸せだったのか?」


63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 20:40:17.58 ID:fve4OYoA0


         ~ 鎮守府 司令室 ~




霞「………………」イライラ

大潮「あ、霞ー。蛍光灯が切れかかってるよー?」

霞「……………………」イライライライライラ

満潮「ねぇ、ついでにペンのインクも切れたんだけど」

霞「………………………………」イライライライライライライライライライラ

霰「少し早いけど、お昼にしたい」



霞「あぁああああーーーーっ!!! もう!! なんでまた私があのクズの代理なんてやらなきゃいけないのよ!!」

荒潮「あらー、仕方ないじゃない。司令官がお留守なんだもの」

霞「そういうことを言ってるんじゃないの! 代理なら朝潮がやるべきなんじゃないの!?」

朝潮「私は秘書艦だから。それに霞には、司令官の代理の経験があるみたいだし」

霞「あの時とはワケが違うの! 難しい書類がたくさん来てるし、アンタたちはうるさいし、何よりあのクズ!

  もうあれから何日経ったと思ってるのよ!!」

大潮「司令官……もう帰ってこないのかな……」

満潮「大和さんからの手紙、見たでしょ? あれは今、軍令部にいるだけだって」

霰「でも、いつ帰ってくるかは……書いてなかった……」

荒潮「そもそもどうして、司令官は軍令部へ行っちゃったのかしら?」

朝潮「それも、私たちに何も言わないまま……急に……」

霞「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんでしょ?」

大潮「どういうこと?」

荒潮「あの晩、私たちが司令室を飛び出して行って……そこに残っていたのは司令官と大和さん。

   そして翌朝には、その二人の姿がなくなっていた……これってつまり」

大潮「か、駆け落ち!!」

満潮「何でそうなるのよ」

霰「あのあと司令官は、大和さんに、軍令部へ連れて行かれた……」

霞「そういうこと。つまりあのクズが、軍令部へ連行されるだけの何かをしでかしたということになるわ」

荒潮「うーん、何か、ねぇ……朝潮? なにか心当たりはない?」

朝潮「ごめんなさい…………ありすぎて、どれのことだか……」

霞「朝潮にここまで言わせるなんて、どんだけクズなのよ……」

朝潮「あ、いや! でも、何日も帰ってこれないような、そんな悪いことは……!!」

霰「知ってる」

満潮「だから分らないんじゃない。今のこの状況が」

朝潮「うん……」


64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 20:50:10.30 ID:fve4OYoA0


荒潮「じゃあまず、私たちもお手紙か何かで、軍令部へ連絡をとってみればいいんじゃないかしら?」

大潮「おおー! 荒潮、あったまイイー! なら大潮が書く!!」

満潮「だめよ。あんた字、汚いじゃない」

霰「イタズラだと思われそう」

大潮「ええー、そんなぁ~」







朝潮「本当に……そうなのかな」







一同「え……?」

朝潮「本当に司令官は……大和さんに連れて行かれただけ、なのかな……」

荒潮「朝潮? ……それは、どういう意味?」

朝潮「司令官は……私たちに愛想を尽かして……自ら鎮守府を出たのかもしれないわ」

満潮「はぁ? ちょっと何言ってるのよ、そんなワケ……」

朝潮「司令官だって、本当は戦艦や空母の人たちを艦隊の主力にしたかったのよ。

   それなのに私たちは駆逐艦で……そのくせ指輪を欲しがって…………」

霰「待って朝潮……司令官は、私たちのことをそんな風に思ったりしない……」

朝潮「その証拠に……指輪は私たちには与えられなかった。戦艦や空母の人たちの成長を待ってから、その後にあげるのよ……」

大潮「そんなこと、司令官は言ってないよ! それに、大潮たちが愛想を尽かされる理由なんて、どこにもない!!」

朝潮「だって……だって私たちは…………作戦に、失敗した……」

荒潮「朝潮……あなた、作戦のこと、まだ気にして……」

朝潮「だからもう……司令官は、私たちのことなんて……!!」


一同「………………」


65: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:00:28.68 ID:fve4OYoA0


霞「朝潮……アンタの言いたいことは分かったわ。だから、顔をあげて」

朝潮「霞……」

霞「それから、歯を食いしばりなさい」

朝潮「えっ……」



    パァン!



大潮「うわぁ! 霞がまた殴った!」

満潮「ちょ、ちょっと、霞……」

朝潮「なに……するのよ……」

霞「いい加減にしなさいよ……あッたま来た。むかつくのよ……アンタ!!」



        パァン! パァン! パァン!


朝潮「うっ……!」

霞「むかつく! むかつく! むかつく!!」

荒潮「ちょっと霞ちゃん! やりすぎよ!!」

霰「霞……落ち着いて……」

霞「うるさいわね! 私は今、この女をボコボコにしないと、気が済まないのよ!!」

朝潮「……よくも……やったわね!!」スッ


      スカッ


朝潮「しまっ……」

霞「今日という今日は、絶対に許さないから!!」


   ドサッ


満潮「か、霞! 馬乗りなんて、そこまでする必要ある!?」

朝潮「重い……どきなさいよ……!!」

霞「言ったでしょ! アンタをボコボコにするまで、絶対にどかない!!」


   パァン! パァン!


朝潮「うっ……このっ……」

大潮「霞! ねぇ、もうやめようよ!!」

荒潮「やめて霞ちゃん! ……みんな、霞ちゃんを止めるの、手伝って!」

霰「うん……!」

満潮「もう! なんで毎回こうなるのよ!!」

霞「やめて! 放しなさいよ! もっと……もっとコイツを! 殴らせてよぉおおお!!」

朝潮「霞…………!!」


66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:07:15.46 ID:fve4OYoA0


大潮「ダメだよ霞! これ以上やったら、朝潮が死んじゃうよぉ!」

荒潮「どうしちゃったの!? こんな一方的なの、あなたらしくないじゃない!?」

霰「霞……かお、こわい……」

満潮「霞! いいから立って! やめなさいってば!」

霞「良い子ぶらないで!! アンタ達だって、同じ気持ちなんでしょ!?」


一同「…………!」


朝潮「どういう……ことよ……!」

霞「とぼけないで……。アンタはさっき、どれだけ私たちをバカにしたのか、分かってるの?!」

朝潮「え……?」



霞「たしかにアイツはバカだけど! 駆逐艦だからといって、私たちを弱い者扱いなんてしなかった!

  どうしようもない変態だけど! 私たちのことを心から大事に思ってくれていた!

  救いようのないクズ司令官だけど…………作戦失敗の一つや二つで、私たちに愛想を尽かすほどクズじゃない!」



荒潮「霞ちゃん……」

朝潮「…………」

霞「どうしてアンタにそれが分からないの?!

  秘書艦として、一番近くでアイツの背中を見てきたアンタが! どうしてそんなことも分からないのよ!!」

朝潮「…………」

霞「なんとか……言ったらどうなのよ」

朝潮「長い」

霞「はァ!?」

朝潮「言いたいことがあるなら、一言でまとめて」

霞「いいわ……言ってやるわよ。言ってあげるから、もう一度歯を食いしばりなさい」スッ

大潮「ちょ、ちょっと霞……」

霰「また殴る……」

満潮「はぁ……もう……」



朝潮「…………」

霞「…………」スゥー ハァー











霞「私たちの大好きな司令官を、バカにするなぁぁああああああああああっ!!!!」







        パァン!!


67: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:16:13.17 ID:fve4OYoA0








          ~ 昔 工廠裏 ~



朝潮「私……またやっちゃった……」

ねこ「にゃー」

朝潮「ううん。あれは私のせいよ」

ねこ「にゃー、にゃー」

朝潮「慰めてくれるのね……ありがとう」ナデナデ

ねこ「にゃー」

提督「朝潮は猫と会話ができるのか?」

朝潮「ほわぁああああっ!?!?!? し、司令官! い、いいいいつからそこに!?」

提督「今来たところだが?」

朝潮「そ、そうですか…………あっ! あの! この子は……!!」

提督「鎮守府において、猫は不吉な生き物……朝潮ならそれくらい、当然知っているよな?」

朝潮「はい……。鎮守府では猫の飼育を禁止されています。

   迷い込んだ猫を発見した場合は、直ちに追い出すようにと、養成所で何度も聞かされました」

提督「そうだ。で、その子猫、かなり朝潮に懐いているようだが……。まさか、こっそり育てていたのか?」

朝潮「も、申し訳ありません! ……でもこの子、親とはぐれちゃったみたいで、餌も自分で取れなくて!

   弱っていて……可哀そうで……」

提督「それで、軍規違反と知りながら、育てていたんだな?」

朝潮「はい……」

提督「陸奥が知ったら怒るだろうなぁ。あいつ、昔思いっきり引っ掻かれたとかで、猫が嫌いらしいからな」

朝潮「…………」

提督「じゃあこれは、私と朝潮の、秘密ということにしよう」

朝潮「えっ?」

提督「あ、大潮たちにも言うんじゃないぞ? 特に霞なんかは、こういう規律には厳しそうだからなぁ」

朝潮「私と司令官の……秘密。二人だけの……秘密……」

提督「それはそうと、子猫はなんて言ってたんだ? 作戦の失敗は、朝潮のせいじゃないって、言ってくれたか?」

朝潮「司令官の意地悪……やっぱり聞いていたんじゃないですか……」


68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:23:25.43 ID:fve4OYoA0


提督「で、どうなんだ?」

朝潮「あれは……どう考えたって私のせいです。皆さん無傷で、とてもいい調子だったんです。

   それなのに私が……目標地点到達前に大破して……撤退を余儀なくされて……」

提督「一緒に出撃した赤城や加賀、陸奥、妙高も神通も、誰も朝潮が悪いなんて言わなかったぞ」

朝潮「皆さんは強くて優しいから、そう口にしないだけです」

提督「強くて優しいのは、朝潮も同じだ」

朝潮「いいえ、私は弱いです」

提督「ふぅむ」

朝潮「司令官……この作戦に、駆逐艦は必要ないと思います」

提督「どうしてそう思う?」

朝潮「いくら安定した航路を進むためとはいえ、目標地点を前に撤退しているのでは、意味がありません」

提督「駆逐艦の枠をゼロにして、迂回路から攻めた方が得策だと?」

朝潮「はい」

提督「それは無理だ」

朝潮「どうして……!」

提督「朝潮、私は今作戦の編成を考えるために、二時間もトイレにこもった」

朝潮「は、はあ……」

提督「艦隊に駆逐艦を編成すべきか否か、本当に最後まで、ずっと考えていた。

   この作戦に駆逐艦を組み込むことは、それだけリスクが大きいからだ」

朝潮「では……なぜ……」

提督「駆逐艦の力を……強さを、信じていたからだ」

朝潮「司令官…………でも……」

提督「いいか朝潮。君が分かってくれるまで、私は何度でも言う。 駆逐艦は強い。

   その強さは戦艦や空母、巡洋艦……それらに匹敵する、いや、それ以上だ」

朝潮「しかし私は……私のせいで! 現に作戦は失敗しています!」

提督「いくら大破しようが、作戦に失敗しようが、私は駆逐艦の強さを諦めない」

朝潮「どうして……そこまで……」








提督「私が駆逐艦を…………朝潮型駆逐隊のことを、愛しているからだ」







69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:34:35.39 ID:fve4OYoA0








朝潮「司令……官……私は……うぅ……私は…………」

荒潮「朝潮……」

霞「なによ、泣き虫…………泣きたいのは、こっちの方よ」

満潮「霞、もう、気が済んだでしょ」

霞「えぇ……悪かったわね、うるさくして」

大潮「うるさいどころの騒ぎじゃなかったよぉ……もぉ、怖かったぁ……」

霰「大潮が言うんだから、相当うるさかったと思う」

霞「だから悪かったってば」

荒潮「朝潮、大丈夫? 立てる? よしよし、ほら、もう泣かないで」

朝潮「ぐすっ……ごめん……荒潮。皆も……本当にごめんなさい」

霞「…………」

朝潮「……撤回するわ。司令官は、そんな人じゃない。

   私たちは皆、司令官のことが大好きで……そして司令官は、私たち皆のことが大好き……」

大潮「うんうん! そうだよね!」

霰「……」コクン

朝潮「だから……だからこそ私も、司令官のことを、諦めたくない」

満潮「いい顔になってきたじゃない」

朝潮「指輪を貰えなくたっていい。能力が向上しなくたっていい。

   でも……あんな最後でお別れなんて……絶対にイヤ!!」


70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:38:17.85 ID:fve4OYoA0


霞「ふん……それがアンタの……朝潮の本心ってわけね。じゃあ、これからどうするつもり?

  お淑やかに手紙でもしたためる? 激しい抗議の電話? はたまたテレパシーとか?」

朝潮「何を言ってるの霞。私たちは駆逐艦……デストロイヤーよ。手紙や電話だなんて、生ぬるいわ」

荒潮「うふっ、あらあら。いったい何を企んでいるのかしら?」

大潮「うおおおー! なんだか……なんだか燃えてきたね!!」

霰「わたし、どこまでも朝潮についていく……」

満潮「はぁ……ホント最悪な展開だけど……最高ね」

霞「それじゃあリーダー。アンタが私たちに指示を出しなさい。何かあった時に、真っ先にアンタのせいにするから」

朝潮「分かったわ。責任は全て私が負う。だから、司令官を迎えに行くのに、皆の力を貸して」

荒潮「久しぶりの出撃ねぇ。うふふっ、腕がなるわぁ~」

大潮「当然! 大潮、頑張るから!!」

霰「朝潮のためなら、何だって……」

満潮「やれやれ、もうどうなっても知らないんだから」

霞「私たちの力……全てアンタに託したわ」

朝潮「ありがとう……。 それじゃあ行きましょう。







   朝潮型駆逐隊は…………これより、軍令部への殴り込みを行います!」







大潮「了解!」
満潮「了解!」
荒潮「了解!」
 霰「了解!」
 霞「了解!」


71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 21:51:25.77 ID:fve4OYoA0




               ~ 夜 軍令部近海 ~





朝潮「両舷前進、原速。闇夜に紛れて突破します。索敵は常時続けて」

霰「真正面に船影が2つ。二時方向に3つ見える」

荒潮「うーん……あのシルエット、漁船かしら?」

大潮「なーんだ、なら問題ないね! お魚貰ってきちゃう?」

満潮「アホ。あれは漁船だけど、おおかた監視艇ってところね」

霞「速力はほどほどで火力も皆無、戦闘向けではないけれど索敵能力だけは高いわ。あれに見つかったら一発でアウトよ」

荒潮「あらあら、じゃあ見つかる前に、魚雷で沈めちゃう?」

霰「荒潮、無慈悲すぎる……」

荒潮「うふふ、冗談よ」

満潮「冗談に聞こえないんだってば……」

朝潮「速度を速めつつ、監視艇を迂回します! 両舷前進強速、Q方!」

霞「なっ……九時方向! サーチライトよ!」

大潮「三時方向からもだよ!!」

朝潮「速度を第三戦速に! 十秒後に後進をかけて!」

一同「了解!」

満潮「いい皆? お願いだからしっかり止まってよ?」

荒潮「追突事故は嫌よねぇ」


  3    2     1  ・・・・


朝潮「今! 後進一杯! 急停止!!」



    ザザーッ!!


大潮「よ、よし……うまく止まった」

霞「ホッとするにはまだ早いわよ」

霰「サーチライト……来る」

朝潮「総員、一ミリたりとも動かないで。やり過ごします」




   ・・・・・・・・



72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:01:13.14 ID:fve4OYoA0


霞「……ふぅ……何とかやり過ごせたみたいね……」

荒潮「いつもとは少し違う緊張感ねぇ」

大潮「うぅ~、変な汗かいちゃったよぉ」

満潮「それにしても、我ながら綺麗な艦隊運動だったわね。艦列もほとんど乱れてない。

   どこかの新米おバカトリオに見せてやりたいくらいよ」

霰「出た、満潮先生……」ボソッ

朝潮「ふふっ、そうね。今度一緒に訓練したいわね」

満潮「べ、別にそういうつもりで言ったんじゃないわよ……」

霞「それより、これからどうするつもり? 一難去って、また一難……見てよあれ」

大潮「うわぁ……監視艇がいっぱい……夜間偵察機も飛んでるよ!」

朝潮「さすがは軍令部ね……これでも警戒レベルは低い方だと思うけど、こんな中を正面から突破するのはさすがに無理だわ」

荒潮「ねぇ、とりあえず移動しない? ずっとここにいても危険じゃないかしら?」

朝潮「そうね……まずは一旦、そこの小島に上陸して、作戦を練り直すわ」

霰「六時方向から監視艇が二隻……急いだ方がいい」

朝潮「えぇ、慌てず急ぎましょう。両舷前進原速……絶対に見つからないで!」

一同「了解!」


73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:05:04.43 ID:fve4OYoA0


              ~ 小島 ~



朝潮「霰、どう?」

霰「だめ。軍令部に上陸するためには、どうしてもあの警戒網を突破する必要がある」

朝潮「そう……。海路から見つからずに侵入するのは無理ということね……」

大潮「じゃあさ、じゃあさ! いかにも遠征帰りです、みたいな顔で堂々と突入するのはどう?!」

荒潮「まぁ、艦娘かどうかなんて、身なりを見れば一発で分かるものねぇ」

朝潮「うーん…………おそらく、それは通用しないと思う」

大潮「ええー、なんでー?」

霞「大和さんが言ってたでしょ。軍令部は少数精鋭。艦娘の数自体は少ないのよ。

  監視艇の船員たちが見慣れない艦娘を見ていきなり発砲することは無いだろうけど、確実に連絡が飛ぶ」

満潮「ま、そうなるわよねぇ」

霰「結局は、最後まで見つからずに侵入するしかない……」

朝潮「何か方法があるはず……何か…………」



???「誰!? 誰かそこにいるの!?」



一同「!?」

朝潮(しまった! この島に誰かが潜んでいる可能性を考えていなかった……!!)

荒潮「あらあら……ヤっちゃう?」

霞「バカ! 民間人かもしれないでしょうがっ」

???「やっぱり誰かいるのね……隠れてないで出てきなさい!」

霰「……どうする?」

大潮「逃げる?」

満潮「逃げたら連絡されるんじゃない?」


一同「…………」


朝潮「ごめんなさい。私たち、隠れていたわけじゃないの」

霰「朝潮……」

???「んん……? あなた達、見かけない艦娘ね?」

朝潮「わ、私たちは……」

霞「そういうアンタは、その独特な格好………………伊号潜水艦ね?」

???「あらご明察。その通り、私は軍令部直属艦隊の伊号潜水艦……伊168よ。イムヤって呼んでね」

大潮「おお……変な格好! しかも勝手に名乗った!」

荒潮「あら大潮ちゃん、しーっ、よ?」

朝潮「私たちは朝潮型駆逐隊……私が旗艦の朝潮よ」

伊168「朝潮型……名前くらいは聞いたことがあるわ。でもウチに何の用なの? しかもそんなコソコソと」

満潮「そ、それは……!」

伊168「……ふぅ~ん、なんだかイムヤ、分かっちゃったかも? ふふっ、いいわ。ついてらっしゃい」

霞「大丈夫なの……あれ」

朝潮「今は……行くしかないわ」


74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:12:43.28 ID:fve4OYoA0


伊58「伊58でち。ゴーヤって呼んでもいいよ?」

伊19「はじめましてなのね! 伊19、イクって呼んで欲しいのォ!」


一同「…………」


伊168「この二人が艦隊の仲間よ。改めてよろしくね」

朝潮「よ、よろしく……お願いします」

霞(な、何なの……この強烈な艦娘……)

大潮(大潮……この水着の人たちには勝てる気がしない……!)

荒潮(これはもう……もはや個性と呼べる範囲を逸脱しているわ……)

満潮(私たち……本当に大丈夫なの……)

霰(頭おかしい)





朝潮「―――――――…………と、言うわけなんだけど」

伊168「ふぅ~ん、だいたいの事情は理解したわ。でも、それを私たちに話しても良かったの?

   今ここで無線を使って連絡すれば、あなた達の水面下の企みは、すべて海上へ浮き出ることになるわ」

朝潮「えぇ。だから一か八か、あなた達に望みを託そうとしているの」

伊58「ふむふむ……なかなか度胸のある艦娘でち」

大潮「あの頭に花が咲いてるピンクの人、なんかスゴイ偉そうにしてる!」

荒潮「はいはい大潮ちゃん。本音はしばらく控えましょうねぇ」

伊19「いひひっ、でもー? 潜入のことに関してなら、イクたちの右に出る者はいないのね!

   そういう意味ではー、イクたちを頼ったシオシオちゃんは、なかなか見る目があるのォ!」

朝潮「シオシオ……?」


75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:22:06.94 ID:fve4OYoA0


霞「で、イチロッパーだっけ? 監視の目をかいくぐって潜入する方法なんて、あるの?」

伊168「イムヤよ! イ・ム・ヤ! もう、失礼しちゃうわね!」プイー

満潮「ちょっと霞、あんたのせいで機嫌損ねちゃったじゃない」

霞「自分のことを愛称で呼ばせようとする方が悪いのよ……」

伊58「監視の目を掻い潜って直接軍令部へ潜入する方法……まぁ、無くは無いでちね」

霰「本当?」

荒潮「あらぁ、是非とも知りたいわ」

伊19「うーん、教えてあげてもイイけどぉー、タダで教えるわけにはいかないのね」

朝潮「じゃ、じゃあ……大潮が一発芸をやりますので、それで……」

大潮「えぇー!? なんでぇー!?」

伊19「そんなの見せられても、ちぃーっとも嬉しくないのォー」

大潮「むきーっ!!」

満潮「あんたはやりたいのかやりたくないのかどっちよ……」

霞「それじゃあ、どうすれば教えてくれるわけ?」

伊168「そうねぇ……。実は私たち、今とっても燃料と弾薬が必要なの」

荒潮「燃料と弾薬? ……どうしてかしら?」

伊58「や、野暮なことは聞くなでち!」

霰「なんか、怪しい」

伊58「別にゴーヤたちは、実はオリョール海へ出撃していることになっていて、それなのにこの島でサボっていて、

   向こうで回収するはずの燃料と弾薬についてどう報告しようか悩んでいたわけでは、断じて無いんでち!!」


一同「…………」ジトー


伊19「そういう訳だから、燃料と弾薬を用意してくれたら、抜け道のことを教えてあげてもいいのォ!!」

満潮「ねぇ、これってもう、『私たちのことをバラしたら、あんた達のサボりもバラすぞ』って脅しちゃえばいいんじゃないの?」

大潮「さっすが満潮! 考え方が鬼ぃ~」

霰「でも、それが一番手っ取り早いかも」

荒潮「第一、そんな今すぐ燃料と弾薬を用意しろと言われても、無理よねぇ?」

朝潮「でも……それはダメよ。この人たちが可哀想」

霞「可哀想って……単なる自業自得でしょ。それとも何? 別の方法があるとでも言うの?」

朝潮「それは…………」


76: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:26:08.40 ID:fve4OYoA0


朝潮「ねぇイムヤさん、燃料と弾薬って、オリョール海ではどれくらい獲得できるものなの?」

伊168「オリョールで獲得可能な資源はほんの僅かよ。でも私たち潜水艦って燃費がすごく良いから、それでも黒字になるの。

   だから何度も出撃するのよ。たとえほんの少しでも……ほんの、少しでも」

伊58「ゴーヤ知ってるでち。オリョールは温暖な気候で、水底も穏やか、綺麗な魚たちがたくさん住んでる良い所なんでち。

   ただすこーし、そこへ出撃する回数が多くて、見飽きちゃって、人生に疲れを感じてきたとか、

   そういう訳ではないでち。断じてそういう訳では……ないんでち。えへへへ」

伊19「オリョールの海はね、もうしゅごいのォ! 思い出しただけで頭がシュワシュワになってぇー、

   耳の中が魚雷と爆雷の音でいっぱいになるのね! ゾクゾクしちゃうのォ~、いっひひひひぃ」

霞「これは……重症だわ……」

荒潮「なんだか触れてはいけないことに触れてしまったようね……」

霰「目が死んでる」

満潮「たしかに……これはなんだか、可哀想な気がするわね……」

大潮「大潮、潜水艦じゃなくて良かった……」

朝潮「………………分かったわイムヤさん。燃料と弾薬、あなた達に差し上げます」

伊168「ほ、本当!?」

霞「いやいやいや! ちょっと待ちなさいよ朝潮! そんなもの、私たち持ってきてないわよ!?」

朝潮「あるじゃない、ここに」コンコン


77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:29:01.29 ID:fve4OYoA0


霰「ココって……もしかして、わたしたちの艤装の中の……?」

朝潮「えぇ。皆の分を集めれば、それなりの量にはなるわ」

大潮「ええー!? 途中で戦闘とかになったらどうするの!?」

朝潮「知らない」

荒潮「帰り道は? 燃料がないと海路を進めないわよ?」

朝潮「それも知らない」

満潮「ちょっ、無鉄砲すぎない!? 大丈夫なの!?」

朝潮「どうなるかなんて分からないわ……。でも、司令官のもとへたどり着かないと意味がない。

   艤装に関しては、司令官を救出したあとに考えましょう」

霞「はぁ、大した決心だこと。ま、でも、それもそうよね。旗艦の決めたことでもあるし、私は従うわ」

朝潮「霞……」

霰「うん、朝潮が言うなら……」

大潮「だ、大丈夫……大潮は、普通の女の子になっても、強いから!」

荒潮「もぉ、仕方ないわねぇ」

満潮「超大型のうずしおに巻き込まれたと思えば、同じことよね」

朝潮「ありがとう皆……

   そういうわけだから、教えてもらえる? 軍令部への抜け道を」


78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:34:12.57 ID:fve4OYoA0


              ~ 抜け道 ~




荒潮「艤装が無いと、やっぱり身軽ねぇ」

満潮「その代わり、かなり不安だけどね」

霰「イムヤさん達の情報によると……この洞窟を行けば、軍令部にたどり着くって……」

朝潮「今はあの人たちを信じて、進むしかないわね……」

大潮「なんだか薄暗いよねぇ……わぁ!」

霞「な、なによ大声だして!」

大潮「あ、足元に水が……」

霞「それくらいで変な声出さないでよね……びっくりするじゃない」

荒潮「でもこれ、だんだんと深くなっていくみたいねぇ」

満潮「艤装があればスイスイ行けるんだけど……」

朝潮「靴と靴下、脱がないと進めないわね」

霰「海水に浸かると、なんだか不安になる……」

霞「躊躇してる暇なんてないわ。何も服を脱げって言ってるわけじゃないんだから。靴くらいさっさと脱いで裸足になりなさい」


     ヌギヌギヌギ……


朝潮「みんな準備はいい? 出発するわ!」

一同「おー!」


     ピチャ ピチャ ピチャ


         ジャブ  ジャブ  ジャブ


    ズズズ  ズズズ  ズブズブ……


大潮「って!! 行き止まりだよ!?」

荒潮「違うわ大潮ちゃん。これ、通路が水の中へ続いてるのよ」

霰「ここからは、海水の中を潜って進まないといけない……」

満潮「はァ!? そんなこと、あの潜水艦は一言も言ってなかったじゃない!」

霞「まぁアイツら潜水艦だし、これも単なる道なのよねぇ……」

朝潮「……行くしかないわ」

大潮「えぇー!? 本気なの!?」


79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:40:09.53 ID:fve4OYoA0


朝潮「見て。この通路、別に冠水しているというわけではないわ。

   僅かだけど上の方には空気がある。途中で息継ぎができるはずよ」

霰「で、でも朝潮……服を着たままじゃ私、うまく泳げない」

荒潮「そうよねぇ。艦娘の服って、水に対してよく浮くようにできているみたいだし、

   普通の服とは違って着衣状態での潜水は難しいかもしれないわ」

朝潮「で、では………………服も…………ここに、置いていきます…………」ワナワナワナ

霞「あぁなるほど、それなら海の中もスイスイと…………って、はぁああああっ!?!!?」

満潮「じょ、冗談でしょ朝潮! 全裸で進めって言うの!?」

朝潮「そ、そうよ……。こ、ここここれも司令官のもとへたどり着くために、ひひひ必要な……」プシュー

荒潮「朝潮、恥ずかしいなら言わなくてもいいのよ……」

朝潮「へ、平気よ……。そ、そうだわ、お風呂だと思えばいいの。

   みんなの裸ならお風呂で見慣れているし……うん、何の問題もないわ……」

大潮「問題大ありだよー! 向こうに着いたら司令官ならまだしも、他にも男の人がたくさんいるんでしょ?!

   さすがにそれは、大潮も恥ずかしいよぉー!!」

満潮「っていうか、全裸で構内をうろついている時点で、完全に変態じゃないの……」

朝潮「恥ずかしいのは分かるわ……でも、司令官を助け出すために、今はこれしか手段がないのよ……。

   霰……霰は、私にどこまでもついて来てくれるのよね?」

霰「えっ……」ギクッ

朝潮「霞もそうよね……旗艦の命令なら、従うんだったわよね……」

霞「んなっ……!」

朝潮「荒潮も、満潮も、大潮も、みんな……私に力を貸してくれるって、言ったわよね……」

大潮「あはは…………いやー」

荒潮「うふふ……」

満潮「……はは……ははは……」






朝潮「……言ったわよね?」







81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:44:56.88 ID:fve4OYoA0


      ~ 数分後 ~




朝潮「みんな、しっかり全部脱いだわね?」スッポンポーン!



満潮「朝潮……せめて下着だけでも……」

朝潮「ダメよ。下着にも通常のもの以上の浮力が効いているから、潜水の妨げになるわ」

満潮「鬼……」

大潮「司令官のため司令官のため司令官のため……」ブツブツブツ

霰「………………」

荒潮「大丈夫よ……服をまったく着ていないと、逆に健全に見えるものだから……」

霞「朝潮……この作戦に、変更はないのね……」

朝潮「私は……やるわ……。司令官のためなら……文字通り、一肌脱ぐ!」

霞「何うまいこと言ってんのよ……」

朝潮「さぁ、夜が明ける前に行きましょう! 朝潮型、潜水!」


82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:52:58.44 ID:fve4OYoA0





   ザバァ



朝潮「ぷはぁ! はぁ……はぁ……どうやら、開けた場所に出たようね……」

霞「人影は……ないみたいね」

荒潮「もぉ、体も髪もベタベタ。お風呂入りたいわ」

霰「ここ……どこ?」

満潮「小さいけれど……出撃ドックみたいね。ウチの鎮守府には無い、立派な設備だわ」

大潮「そっかぁ……ってことは、ココって艦娘以外は立ち入らない場所ってことじゃない?」

朝潮「……そうね。人の気配もないし、そういうことなのかもしれないわ」

霞「そういう所であると信じて、いったん上がるわ……海の中って、沈んだみたいでほんと気持ち悪い……」


    バサァ……  ペタペタペタ


荒潮「さて……これからどうする? 司令官がどこにいるかも分からないけれど?」

朝潮「なるべく人に見つからないようにして、建物内を調べるしかないわね」

満潮「なるべくじゃなくて、絶対に見つかりたくないんだけど……」

霰「とりあえず体を拭きたいのと……あと、着るものが欲しい……」

大潮「ここが出撃ドックなら、もしかしたら何か服があるかも!」

朝潮「よし……じゃあまずは、衣服の捜索から……―――――――」




   パァン!   パァン!   パァン!




大潮「うわぁ!? 探照灯!? まぶしいぃ!!」

朝潮「て、敵襲!?」

霞「お、大潮! 朝潮も! 前隠しなさいよ、前!!」



大和「ようこそ軍令部へ。

   ………………って、なんて格好をしているんですか……」



一同「や、大和さん!?」



83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 22:58:27.61 ID:fve4OYoA0




            ~ 別部屋 ~



大和「良いですか? 婦女子たるもの、常に気品を持たねばなりません。

   我々は艦娘である前に、女です。それもあなた達のような少女であればなおさら。

   どんな状況であろうと、女子としてのプライドを捨ててはなりません。丸腰で軍令部へやってくるなんて、言語道断です」

霞「うぅ……なんでこんなあっさりバレてんのよ……」

大和「そろそろあなた達がここへ来るだろうと思い、電探で索敵を続けていました。

   ……まさかあんなルートから、あんな姿でやって来るとは思いませんでしたが……」

満潮「私たちだって、あんなことになるとは思ってなかったわよ……」

荒潮「あの、ところで大和さん?」

大和「はい」

荒潮「さっきから色々してくれてる、この人たちは……?」

大和「軍令部における、信頼できる最高峰の美容技術を持った女性スタッフの方々です。ここであなた達を綺麗にします」

霰「わたし……普通の服でいい……」

大和「あら、霰さん、そのドレスとてもお似合いじゃないですか」

大潮「うわー、大潮こんなの初めて着たかもー! お姫様になったみたーい!」

朝潮「あ、あの大和さん……洋服に関しては分からなくもないのですが……その、髪のセットまでする必要は……」

大和「朝潮さんはとてもツヤのある、綺麗な黒髪をしていらっしゃいます。

   こうやって髪を持ち上げて束ねると、いつもと違った大人の女性の雰囲気が出せますよ」

朝潮「わ、私は……こ、こういうのは別に……」

荒潮「あらあら、うなじが見えちゃって、少しセクシーな感じがするわね?」

朝潮「…………」カァアアアアッ

大和「そういう荒潮さんは、髪を巻くことで気品が増して、お屋敷のお嬢様みたいになりましたね」

荒潮「うふふ、こういうの、久しぶりだわ」

大和「大潮さん、満潮さん、霞さんは普段から髪をまとめていらっしゃるので、今回はおろした状態でケアを施しました」

大潮「大潮、大潮じゃないみたーい!」

満潮「これも悪くは……ないわね……」

霞「ふ、服が着れればいいのに、ここまでする必要ないでしょ」

大和「霰さんは髪が短いので髪型自体は変えていませんが、傷んでいた髪を綺麗にしました。とても可愛らしいですよ」

霰「必要……ない……」

荒潮「あらーあらあら、霰ちゃん。いつにも増して日本人形みたいになっちゃって~」

霰「むっ……」

大和「さぁ皆さん。これだけでは終わりません。さらにお化粧もします」

霞「はァ!? どういうつもりよ! 何を企んで……わっぶ、変なモン塗らないで!」

大和「あまり動かれると、危ないですよ?」


84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 23:00:55.26 ID:fve4OYoA0






        ~ 数分後 ~




大和「完成です。どうぞ、ご自分のお姿を、鏡でよくご覧ください」ガラガラガラ

朝潮「うそ……これが……私……」

満潮「自分じゃないみたい……」

大潮「すごーい! すごーい!」

霰「気に入った……かも」

荒潮「純白のドレスに髪のセット、お化粧までしてもらって、頭にはティアラまで……これって、まるで…………」

霞「ちょっと! 私たちはこんなことをしてもらうために来たんじゃないの!!」

大和「大好きな提督を連れ戻すため……ですよね?」

霞「そ、そうよ……分かってるなら……」

大和「えぇ。……ですから、あちらの扉へお進みください」

朝潮「あそこには一体何が……」

大和「提督があなた達を、待っていますよ」


85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 23:03:27.25 ID:fve4OYoA0





     ギィイイイイイイイ……



朝潮「ここは…………」

大潮「真っ暗だねー」

満潮「一体どこに司令官が……」


  パァン!


荒潮「あら、またライト?」

霰「まぶしい……」


  パパパパーン    パパパパーン    パパパパン パパパパン パパパパン パパパパン
  

霞「な、何この音? パイプオルガン?」

朝潮「メンデルスゾーン…………結婚行進曲だわ。やっぱり、これって……」






総長「ようこそ軍令部へ……朝潮型駆逐隊の諸君」






大潮「あ、ああああの人は………………誰!!」

大和「あの方こそが、日本海軍軍令部総長です」

大潮「へ、へぇー……で、どれくらい偉い人なの?」

満潮「あんたバカなの!? 海軍で一番偉い人よ!!」

霰「そして……きっとあの人が、司令官をさらうよう命令を下した、張本人……」


86: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 23:06:06.56 ID:fve4OYoA0


朝潮「教えてください総長! 司令官は……私たちの司令官は、今どこにいらっしゃるのですか!?」

総長「お前たちの目の前だ」


   パァン!


提督「…………」

一同「司令官!!!」

提督「みんな…………」

総長「さぁ若造よ、つまらん意地を張るのも今日でおしまいだ。

   こうしてわざわざ艦娘たちがお前に会いに来たのだ。手に持っているソレを、誰か一人に渡したまえ」

朝潮「ケッコンカッコカリの……指輪…………」

大潮「えぇ? な、なに? どういう状況なの!?」

満潮「し、知らないわよ!」

荒潮「でもこれってつまり……今から私たちの中の誰かに、指輪が渡されるって、ことよね……」

霰「だから……こんな格好を……」

霞「どういうことよ……私たちには渡さないんじゃなかったの……?」


87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/27(日) 23:11:08.30 ID:fve4OYoA0


大和「さぁ提督、前へ。花嫁たちが待っています」

提督「あぁ…………」ガタッ


   コツ  コツ  コツ 

    ――――― 霞には改二になる資格がある。十分にな ―――――

霞( クズ司令官…… )




   コツ  コツ  コツ 

    ――――― 君たちのピンチに駆けつけない訳がないだろう!! さぁ、漕げ!! ―――――

霰( 司令官…… )




   コツ  コツ  コツ 

    ――――― 大潮、旗艦は君だ。皆のことを、よろしく頼んだぞ ―――――

大潮( 司令官!! )




   コツ  コツ  コツ 

    ――――― 本当に素晴らしい戦いだった。……そして、最高の観艦式だった ―――――

満潮( 司令……官…… )





   コツ  コツ  コツ 

    ――――― この鎮守府に来てくれたこと……本当に感謝している ―――――

荒潮( うふ……司令官…… )





   コツ  コツ  コツ 

    ――――― 朝潮……もう我慢するな! 隠すな! 強がるな! ―――――

朝潮( 司令官……私は…… )





   コツ  コツ  コツ  コツ…………  ピタッ


総長「さぁ、渡しなさい」






提督「この指輪を渡す……相手は…………―――――――――――――――」









(中編 おわり)
・前作
提督「朝潮型、整列!」
提督「朝潮型、出撃!」
提督「朝潮型、索敵!」
提督「朝潮型、遠征!」

提督「朝潮型、編成!」
提督「朝潮型、解散!」
提督「朝潮型、結婚!」・前編

・次作
提督「朝潮型、結婚!」・後編

・次シリーズ
提督「ようこそ、ないない駆逐隊!」

引用元: 提督「朝潮型、結婚!」



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